2016年6月29日水曜日

「もの書く人々」根木 珠について吹聴したい。






この本はとても素敵な本なので、あえて私も吹聴しておきたい。



 セルフパブリッシング、略して『セルパブ』という言葉をご存じだろうか。『自己出版』ともいうのだが、これがまた不思議な世界と言えば不思議なもので、これまでのいわゆる同人誌の世界ともちょっと違う。

 マンガ文化からきたコミック同人誌ともややちがうし、かといって旧来の歳行った人とか、作家になりたい人が、半分近く出版社に騙されて書いちゃって、結果在庫を抱えてひどい目に遭うような昔ながらの『自費出版』ともぜんぜん違う。

 あくまでも自己出版であり、セルフパブリッシングなのです。




 それをやるにはお金はほぼかからない。Wordが使えれば、無料サービス(Voyager社のRomancerというサービス→ Romancer | Romancer(ロマンサー)はあなたの電子出版ツールです )でいきなりWordに書いたものがEPUBという電子書籍形式に変換できて、しかもそれがほぼコストただでAmazonや楽天Koboとかで大手出版社の有名作家の本と一緒にならべられてしまう。

 さらにはBCCKSというサービス→ BCCKS / ブックス|紙と電子書籍の作成・販売が無料! では電子書籍だけでなくプリント・オン・デマンドで製本された紙の本として注文もできる。

 パソコン持ってればだいたいWordあるいはその互換ソフトがついてることも多いので、あとはアイディア次第で本が出せる。




 その本が売れるかどうかはわからないけど、海外ではこういう形態で売れた結果、商業出版の会社と話がついて商業作家になる例も多く、日本でもそういう例が出始めた。でも、売れないから返本の山に襲われるということはない。電子書籍なので在庫コストも返本のリスクもない。

 紙の本で出しても、買う人が注文してから1冊ずつ製本して宅配するのでこれまた在庫コストも返本のリスクもない。

 しかも売り始めてしまえば在庫切れもない。流通の問題で全国に行き渡らないなんて事もない。売り始めたときに作ったアカウント(ID)さえ失わなければ、延々とずっと電子書籍ストアに並び続ける。誰かの目にとまるように、ずっと。




 ……と書くと、すげー! 儲かりそう! 夢があるじゃん! と思うけど、そこは世の中そんな甘くない。同じ事考える人はどっさりいるので、普通にやってたら埋もれて一ヶ月で1冊も売れないなんてこともよくある。
 じゃあSNS使って少しでも目立とう、知名度上げようとしても、同じ事やってる人はいっぱいなので、やっぱり埋もれてしまう。




 その上既存商業出版の印税が10%とはいってもそれは初版印税の前渡しだから、刷った部数、数万から数千冊*定価*10%印税なのでまとまった額になる。今は印税率が下がったとか部数が減ったと言われてもそこそこまとまった額。ところがセルフパブリッシングの印税は実売印税。1冊も売れなければ0円。1冊売れても最高で売れた数*定価の75%、最低だと25%が印税としてちびちびと入ってくるのみ。

 逆に少額(500円ぐらい)とは言え、電子書籍書店に並べるのにプレミアム料金を払えば赤字になる可能性もある(小さい額だけどね)。売れたところでガチで実売部数が数万というのはなかなかしんどい。私も故・山田正弘先生に「絶対に実売印税で本の契約しちゃダメだぞ」と言われていた。(でも今私はそれで書いてるけどね)





 じゃあ、なんでそんな状態で書くのか。

 何が楽しくて埋もれるリスク、読まれないリスクがあってもそれに執筆の手間と時間を突っ込んでセルフパブリッシングをやるのか。


 それをセルフパブリッシングをやっている人たち、読んだり書いたりしている人たちにインタビューした本が、この「もの書く人々」という本なのです。(すまん、ここまでが長くて)




 いろんな人たちがこの本には登場する。セルフパブリッシングの作家が主だけど、読む専門の人もいるし、電子書籍・EPUBのフォーマットを作る仕事の人の話もある。




 そのみんなが、セルフパブリッシングで物語ること、書くこと、そして読むこと、そしてそれができる世界、この時代、そしてその文化についてそれぞれ語る。真摯に語るだけでなく豊かなサービス精神を見せたり、実に多様に。




 出版不況と言われてきて、実際ベストセラーも昔は100万部だったのがいつの間にか30万、20万、10万と小さくなり、文学賞も昔は芥川賞! 直木賞! と盛り上がったもののいまではそのニュースの賞味期限は数日になってしまった。世の中的に芥川賞をピース又吉が取ったぐらいは知っていても、同時に受賞した羽田圭介のほうは「誰か取ったよね」ってぐらいで名前をはっきり覚えてる人は文芸ファンだけかもしれない。

 確かに趣味の多様化の時代、国民作家なんてあり得ないという話もある。その最後が村上春樹だなんて話もある。今我々はゲームも映画もテレビもアニメもインターネットもあり、読書に割ける時間は限られている。お金ももっと限られている。




 そこでものを書くと言うことは、何をゴールとするのか。売れることを目標にしようにも、商業作家ですらほとんどはしんどくて専業では作家をやっていけない。賞を受賞して名誉を得ようにも「誰?」という時代。



 それでも、この本に出てくる人たちは読んで、書いてしまう。それはなぜなのか。その書いたり読んだりする物語とは、本とはいったい何なのか。




 その疑問に、この本はまるでNHKの番組「ドキュメント72時間」のように迫ってもいく。


 なぜ書き始めたか、そしてどのようにセルフパブリッシングに出会っていったか。そこにはさまざまな世代の姿があり、ドラマがあり、共有する文化や体験もある。
 それとは逆に希有な体験や経歴の人もいる。実に多彩。

 そこでセルフパブリッシングで叶った夢、叶わないままの夢、そしてこれからこれで叶えたい夢の話もある。




 実はその群像こそ、セルフパブリッシングの本を読み、書く醍醐味なのかもしれない。商業のように売れなければいけないという使命から自由に、書きたいものを、書きたいペースで、書きたい姿で書く。その贅沢から新たな文化を生み出し、楽しむ素敵な人々の話、それがこの「もの書く人々」という本に結実していると思う。




 とにかく素敵な本なので、是非お読みいただきたい。ちなみに私もヘリベマルオというセルフパブリッシングのすごい作家と対談したのが載っている。
 非常に楽しく過激な対談なのだけど……ごめんよう、眠かったけど対談が楽しくて、私、リミッター外し過ぎちゃったよう……。そういうところもお楽しみいただければありがたいと思う。



 そして、私が対談という形で関わらなくても、この本を買って読んでいたと思う。それぐらい興味深い本。さまざまな世代論、文化論も感じられる本です。
 すごくオススメなので、吹聴しておきます。


 「『もの書く人々』は、いいぞ」




#ちなみに編集・インタビュアーの根木珠さんから『現在ミスにより一部抜けがあり、現在Amazonで購入したものを、その部分が訂正された最新版にそのまま更新できるように手配中であることも併記してほしい』との申し出があったので、それも記しておきます。

#追記:第2版無事出てるようです。懸念なくお読みいただけると思います。



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